IT技術者からプロジェクトマネージャーの成り上がりで管理職を務めていたパーソナル・コーチが、悩みを持つ人々をプロジェクトマネジメント、コーチング視点から応援するサイト

menu

マネジメントで幸せを呼び込むパワースポットになろう

ant

ちょっとわけあって、久しぶりの投稿になってしまいました。

先日、海部元総理大臣が集団的自衛権に対して、「戦後、日本が築きあげた平和文化に対して「蟻の一穴」をあけてはならない」とおっしゃっていました。どんなに頑丈に築いたコンクリートの堤防でも蟻の穴ひとつで水が入り込み、徐々に崩れ去ってしまうということを表現されたもので、日本の平和に対する倫理観を守ろうというものです。

こうした考え方はマネジメントの世界でも当てはまります。

組織やプロジェクトにおいて倫理観を共有するために、自分たちの目的を実現するために「何を選択して、何を選択しないのか」を個人で明確にしておけば、方向性に大きなブレが生じることもなく、目的に向かって進んでいけます。たった一人「まぁこのぐらいはいいだろう」というのを許してしまうと、そこからずるずると抜け道ができて、最終的には大きく崩れてしまいます。

これは倫理(モラル・道徳)の問題であって、ルールの問題ではありません。ルールをいくら厳しくしても倫理が守られなければ意味がありません。
一番よい例が、セキュリティに関するものです。いくらルールやハード的な機能を強化したところで、人が倫理を守ろうとしなければどんどん情報漏えいしてしまいます。

組織やプロジェクトの中でこの倫理観を合わせようとするならば、私は教育かなと思います。周知徹底を叫ぶマネジャーやリーダーの方はいますが、倫理観の共有ができていない組織やプロジェクトで周知徹底など難しいでしょう。

ではどのような教育をしていったらよいのか?

倫理のように「人の適応が必要な問題」の場合、小学校の道徳の時間と同じように組織やプロジェクトの倫理観に触れる事例を出しながら、一人ひとり考えてもらうのがよいのはないでしょうか。個人によってとらえ方が違うことを認識して、自分と違う選択をする人の話を聞きながら自分の倫理の幅を広げていくのです。決して一人の倫理観を押し付けることなく、いろいろな人の倫理観を参考にしながら、自分の倫理観を作り上げ、やがてそれが組織全体の倫理観につながってゆくと私は考えます。

秩序を保つため厳しい制限を設けるのではなく、共通の倫理観を醸成している組織は、外部からみても毅然として見えます。外部からその組織の倫理観を崩すような要求に対して断っても、理解を得られるのではないでしょうか。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

*

最近の投稿

私の好きな本たち